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鈍色の世界に咲く

刹那 竜様より


 その日は風が強く、木々や草花を揺らし、葉の音は宙に響いた。



 厚い灰色の雲は、それまで晴天を主張していた蒼を容易く覆い隠してしまう。
 降りそうで降らない、雨。
 ガイとケイ、そしてナユタの三人は、街へと足を伸ばしていた。

「ねえ、お兄ちゃん。なんだか雨、降りそうだね」
「そうだな。……急いで買い物済ませようか」
「うん!」

 大好きな兄と話をする。それだけの行為がケイには嬉しくて仕方がなかった。
 憂鬱な曇り空とは逆に、花咲く笑顔が浮かべられている。
 だが、可愛らしい笑顔はあくまでも大好きな兄にだけ。
 二人から三歩程下がった位置を歩いているナユタを振り返れば、ケイの笑みは悪戯好きの子どものようになる。

「ナユタ、聞いてた? 早く終わらせるためにも荷物持ち、頑張ってね」
「なっ、オレか!? ……ったく、相変わらず人遣いだけは荒いよなあ……」
「何か言った?」
「い〜え。何も言ってませんよ〜」

 とぼけるナユタの返事を左から右へと聞き流し、距離の開いてしまったガイへと駆け寄る。
 頭の後ろで腕を組み、兄妹が並んで会話に花咲かせている姿を眺めながら、ふとナユタは思考に沈んだ。



     アメジストの瞳。
     『不吉の象徴』とされ、良い目で見られることはなかった幼少時代。
     今でこそ二人は笑い、こうして人々の中で暮らしているが、昔はどうだったのだろう。

     想像など、するまでもない。
     それは出会ったあの日の、あの姿を思い浮かべれば否応なしに理解してしまう。
     決して受け入れられることのなかった過去は、二人をどれだけ傷つけ、どれだけ苦しめたのか。

     自分は紫の瞳を持たなかった。
     特に目立つこともないグレーの瞳は、誰にだって受け入れてもらうことができた。
     幸せなのだ。
     二人の背負ってきたものを、これから先にも背負い続けるものを考えたならば。
     そう、自分は幸せに生まれてきた。
     今自分の目の前で笑い合う、二人と比べたら――――



「ナユタ? どうかしたのか?」

 ガイの声で我に返れば、先程まで眺めていた筈の後姿はなく、代わりに訝しげに眉を寄せた顔が映った。
 隣ではケイも不思議そうにナユタを見ている。
 あまりにも思考に深く入り込みすぎたのだろうか。
 二人が立ち止まっていることに気が付かなかった。

「ん? あ〜いや。なんでもない」

 わざわざ二人の過去を話題に出す必要性はない。
 今、この時点の二人は確かに誰の目から見ても幸せそうな兄妹である以上、穴を掘り返す意味もなかった。
 ぱたぱたと顔の前で手を振り、のんびりと曖昧にかわせば、ガイ達も然程気にはしていなかったのか、再び歩を進める。
 そのことに内心安堵して、ナユタもまた歩き出す。


「あ! ねえ、お兄ちゃん! 花屋さん見てかない?」
「え? 僕は構わないけど、ナユタは平気なのか?」
「オレは 「やだなーお兄ちゃんったら。ナユタが平気じゃない筈がないよ〜」 ……」

 飛び切りの笑顔でナユタの言葉を遮り、それからガイの腕を引いて花屋へと向かう。
 いつもの光景に思わず溜息が漏れ、ナユタは苦笑する。
 遠目からでもわかる、花を見て回る二人は本当に仲の良い兄妹だった。
 (けれど、そんなことをケイの前で不用意に言えば、きっと魔法の実験台にされるのがオチに違いない)
 一人措いて行かれたことに怒るでもなく、寧ろそれを笑って、二人のいる花屋へと近づいた。


     同じ痛みや苦しみを背負うことはできない。
     何故ならそのどちらも、自分自身が経験したものではないから。
     それでいいのだろう。


 店先に並んだ二色の花が目に留まる。

 紫と白のライラック。
 紫を『不吉の象徴』とするならば、白は闇を知って尚、直向きさを失わずにいる二人の心か。

 何気なく手に取ったその花をレジへと持ち込む。

「おねえさん、この花包んでもらえる?」

 折角買うんだ、二人へのプレゼントにしよう。
 ガイは「急にどうしたんだ?」と苦笑しながらも受け取り、ケイは「今に始まったことじゃない」と声を上げて笑うのだろう。
 それでいい。


     同じものを背負えないのならば、せめて見ていてやればいい。
     重さに倒れ、潰れてしまうことのないように、傍らで支えてやればいい。
     助けて欲しいと手を伸ばすなら、握って引き上げてやればいい。

     きっとそれ以上のことを、あの二人は望まない。


 確信にも似た思いは、ナユタの中で確かな決意になる。

 未だ楽しそうに花を見ているガイとケイを措いて、一足先に外へ出た。
 束になってまとめられたライラックを片腕に抱えるように持ち、空を見上げる。
 相変わらず風は強く、ところどころに植えられた木々の枝を揺らし、葉を鳴らしている。



 二色の花は、小さな花びらを咲き誇らせ、時折風に揺られながら存在を主張していた。


           (どこか力強いそれは、まるであの兄妹のように)