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夏祭り

こ〜げつ様より


 夏祭り。
 本来こめられた儀式の要素などほぼ風化した、みなが騒ぐ口実のために残っているパーティーの様なものだ。

 頭上に張られた提灯達は闇に沈み始める会場を淡く照らす。
 耳にリズム良く流れる祭囃子は祭に足を運んだ者達の心さえも明るく躍らせる。

「お兄ちゃん! 次はあっちに行こう!」

 スカイブルーのツインテールを揺らしながらケイは上機嫌に声を弾ませていた。
 薄く化粧したケイの笑顔は歳相応のもので、普段他人に見せたことがないのでは、と思われる程明るい。

「そんなに急がないでくれ」

 そんな妹のケイのはしゃぎ様にケイの兄であるガイはやや困ったような表情を見せる。
 ケイの左手には小振りの林檎飴、右手には愛するガイの浴衣の裾。
 両手に花と言う表現が適切かどうかはやや疑問ではあるが、ケイはとにかく心から祭を楽しんでいた。

「今日のケイちゃんは随分とご機嫌だな」

 ケイから見て林檎飴方面に並んで歩く、周りが僅かに目を見張るほどの長身のナユタが苦笑を浮かべながら二人を見る。
 ケイは顔をナユタの方へとくるりと向け、

「うん、とっても」

 と同じ様な明るい口調で返す。
 が、ナユタは思わず顔を引き攣らせた。
 なぜなら、ケイの表情はナユタを上目遣いで睨み付けていたからだ。
 そのナユタを穿つアメジストの視線には、そこら中から香るタコ焼きのソース以上に強い殺意を帯びている。
 恐らくさっきのナユタの言葉を嫌がらせととったのだろう。
 しかも、ガイには見られないように、かつナユタにはしっかりと見えるように頭の角度を調整している。
 そのケイの狡猾さにナユタはただただ顔を引き攣らせるしかなかった。

「ケイ、それで、どこに行きたいんだ?」
「えっとね〜、あたしは───」

 ガイがケイに尋ねかけた瞬間に、ナユタに向けた表情は一変し、また明るい表情に戻る。
 器用なもんだ。
 ナユタは心中で毒づいた。

「おい、ナユタ」

 その時、ナユタの後ろから声が聞こえて来た。

「何ですか? セルシスさん」

 声の主は、セルシス。
 纏っている浴衣は大人の雰囲気を醸し出し、その様相は美しいと言う言葉よりも
 凛々しいと言う言葉の方が似合っている。

「お前、射的はできるか?」

 素っ気なさそうに言うその口調に、何かいつものセルシスのとは違う印象を受けたナユタは、

「え? そりゃできますよ」

 そうナユタは精霊銃使いであるから射的など朝メシ前であった。

「そうか。じゃあ、あれを取ってくれ」

 セルシスは同じ口調のままで、目の前にある射的屋を指差した。
その指差す先は………

「くま?」

 のぬいぐるみ。
 片手で抱き抱えられるくらいの大きさで、なかなかかわいらしい顔をしている。

「……そうだ。…悪いか?」

 ナユタの頓狂な声に、セルシスは顔をケイの林檎飴にも負けないくらいに赤く染めて言う。
 頼むのに相当な葛藤を経たことだろう。
 動揺の余り、僅かに瞳がうるんでいる。
 普段絶対見ることのないとも言えるセルシスの一面。
 それを出させるのも、祭の空気のなせる技なのだろうか。
 そのセルシスに見とれること四半秒、ナユタは我に返って、笑いながら一言。

「分かりました。一発で取りますよ」



「あたし達お邪魔みたいね」
「え? 何が?」
「もう。お兄ちゃんは鈍いんだから! さ、先に行きましょ」
「って、おい。二人が」
「いいから! 行きましょう」

 ナユタとセルシスのやりとりを見ていたケイは気を使ってガイと一緒に二人の前から姿を消した。

 ように見えたが、実は違った。
 (邪魔者のナユタはいなくなった。これでお兄ちゃんと二人っきり)
 ケイは心中でほくそ笑んでいた。
 そう、この一連の行動はあくまでも自分のため、ガイと蜜月の時を過ごすための行動に過ぎなかったのだ。
 そして、ケイは速やかに次なる作戦へと行動を移す。

「お兄ちゃ〜ん。疲れた〜。人のいない所で休も〜」
「もう休むのか? 仕方ないな」

 疲れているはずなどない。
 しかし、迫真の演技を以ってガイに信じ込ませる。
 したたかな笑みを必死で噛み殺しながら、ケイはガイの浴衣の裾を強く強くにぎりしめた。



 そして、場所は移って、二人は神社へと続く誰もいない石段に着いた。。
 二人で石段に腰掛けて、先にある喧騒を眺める。
 石段のひんやりとした感覚が浴衣越しに伝わってきて、目を僅かに丸くすると、ケイは辺りを見渡す。
 祭の中心から外れた静かな場所。
 寂しさと同時に何とも言えぬ涼しさを感じる。
 その寂しさは、かつてケイが一人だった時に目の色だけで疎んじられてきた時のことを思い出させてしまう。

 つらい。

 が、それと同時に思い出すのは、そのつらい環境から救ってくれた兄のガイ。
 いつの間にか、ケイはガイに対して恋心を抱いていた。
 腹違いの兄妹とは言え、この恋は許されぬものだとはわかっている。
 だが、自分の気持ちを伝えたかった。
 いや、伝えないといけないような気持ちになる。
 ガイは遠くの提灯の群集に目をやっていた。
 ケイはガイの横顔を見るだけで胸にどうしようもない動悸が走り出すのを感じる。
 二人きりでほかに誰もいないと思うと尚更なのだろう。
 唇をきゅっと真一文字に結び、自分の足の上にのせた二つの拳を強く握りしめる。

 言うんだ。

 風が静かに流れてケイの上気した顔を冷ましていく。
 それと同時にケイは覚悟を決める。

「お兄ちゃん!」
「ん、何だい?」

 その何気ないガイの応対に、ケイの脳裏にやめておこうという考えがよぎる。
 しかし、後戻りなどできるはずもない。
 沸き立つ衝動にただ身を任せ、言葉を紡ぐ。

「あのね、お兄ちゃん! あ、あたし、お兄ちゃんのこと―――」

「あ〜、こんなとこにいたのか。二人とも探したぞ?」
「あ、ナユタ。セルシスさん」

 寒気を覚えた―――

 ―――声をかけたナユタが。

 恐らくぬいぐるみを片手に仏頂面とにやけ面の中間の表情をしているセルシスがいなければ、
 ケイの表情は鬼の様に恐ろしいものへと豹変していただろう。
 決意の元に言おうとした告白が途中で遮られ、ケイは大きく肩を落とした。


 その時、口笛の様な、だがそれにしては長い風を切る音が耳に届いた。
 ふと何気なく顔を上げてみる。

 瞬間に、空気を震わせながら、夜の空に宝石をばらまいたような壮大な花火が広がった。
 その後からいくつもの花火が広がり、闇に包まれた空一面が花畑の様に綺麗に彩られてゆく。

「わぁ」

 思わずケイは感嘆の声を漏らした。
 ついさっきまで沈んでいた気持ちが、花火が一咲きするにつれて明るくなってゆく。

「これは見事だな」

 セルシスも呟いた。
 ガイとナユタも何も言わないが、目の焦点は花火の綺麗さに奪われている。

 三人の後ろで、ケイはゆっくりと花火に向けて手を伸ばした。
 散りゆく花火を掴もうだなんて子供みたいなことは思ってもいない。

 ただ、今この時が、平穏な生活がこの花火の様に一瞬だけ美しく輝くようなものではないようにと祈りながら、手を伸ばしてみる。


 叶うならば、この時がいつまでも続きますように…。

 小さく笑みを漏らした。
 それは誰に対して向けられたわけでもない、疎んじられてきた日々の内に忘れてしまっていた笑顔。

 それが少しだけ戻って来たような気がした。
 拳をキュッと握りしめる。
 やはり掴めない。

 手を下ろしてガイの隣に立った。

 そして、またガイの浴衣の裾を掴む。
 ほら、今のこの幸せを掴むことはできる。

 再び空を仰いだ。
 大きな大きな花火が一つ、上がった。









 帰り道、ケイはナユタに囁いた。

「今日の分は、次に魔法の実験台になってくれたら許してあげるから」
「……マジかよ」