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夢のあの人へ

綾瀬りく様より

最近、不思議な夢を見るの。
とても不思議な夢。
私は、どこかを歩いているの。
綺麗なお花が沢山咲いていて、光が舞っているように見えるの。
その世界に、その人はいる。
銀の髪の、男の人。
綺麗な色をした、淡いエメラルドの瞳をしたその人は、私を見て、微笑う。
お姉さまともお父様とも違う、優しい微笑。


夢のあの人へ
「こんばんは」
 その人はすぐに私に気付いて、そう声を掛ける。

「こんばんは」
 私も、その人にそう返す。
 素敵な夢は、そうして始まる。

初めてこの夢を見た時、それはいつだったか覚えていない。
最近ずっと見ている気もするし、子供の頃から見ているような気もするの。
でも、出会いは覚えてる。
光が舞っているような、綺麗なお花の世界に、その人はいた。
銀の髪のその人は、私が知らない歌を、歌ってた。
まるで、一枚の絵みたいに。
私は立ち尽くして、その歌を聴き入っていたから、歌の終わりが分からなかった。
その人は、歌い終わって、すぐに私に気付いたのに。
「…え?」
私を現実に戻したのは、その人の、歌っていない声。
その人は、少し驚いた表情をしていたけど、私に微笑んだ。
「こんばんは」
その瞬間、私は思わず、逃げてしまったの。
逃げて、逃げて、逃げて……、綺麗な花も追って来ない場所まで走って、私は、後悔した。
いきなり逃げたら…、吃驚、しちゃうよね……。
あの人を傷つけちゃったかもしれない……。
でも、お姉さまとお父様以外の人と……ううん、お父様以外の男の人なんて、お話したこと、ないし……。
…だけど、でも、あの人は私に「こんばんは」って言っただけなのに……。
涙を堪えながら、私はその場に座り込むと、膝を抱える。
お姉さまだったら、こんな時、どうしたかな……。
こんな自分、嫌い。
…大嫌い…。
……大嫌い……。
そんな時だった。
私は、目の前にハンカチを差し出されていたことに気付いた。
視線を動かすと、さっきの男の人がいた。
心配そうな顔で、私をじっと見つめていた。膝を着いて、私に視線を合わせる形を取っていたから、距離がとても近かった。
「?!?!?!」
吃驚して声も出ない私に、その人は尚もハンカチを差し出す。
よく見ると、その人の顔は耳まで真っ赤になっていた。
私が思わずハンカチを受け取ると、どこかほっとしたようにその人は笑った。
釣られるように、私も笑う。
それが、出会いだった。



この夢を見ると、私は必ずその人と会う。
私はこの人の名前も知らないけど、一緒に花の世界に座って、お喋りをしているの。
その日あったこととか、お花のこととか、他愛もないけど、色々なことを話してる。
私の知らない歌を歌ってくれたり、優しい笛の音を聴かせてくれる。
不思議な人。
私、全然怖くないの。
背だって、多分お父様より大きいし、腰に剣だって差してる。
格好だって、どこかの騎士様みたいな服装してる。
でも、全然怖くないの。
私がそう言うと、その人はちょっと照れたように微笑った。
お父様とは違うけど、お父様みたいな優しい人。
あなたには、私の翼、小さく映らないの?
そう声に出して尋ねることは、怖くて、出来なかった。
どんな風に見えるのか、そんなこと、聞けなかったの。
でも、夢だからなのかな。
その人は、私の考えていること、分かったみたい。
「あなたとオレは、似ているのかもしれないね」
その人は優しく微笑って、私の頭を撫でた。
その人が私によくする動作で、本当は怖い筈なのに、落ち着く不思議な感じがする。
「似てる……?」
…?
どういうことなのかな?
その人は、綺麗な銀髪と淡いエメラルドの瞳を指した。
「この髪と瞳、どう思う?」
私は、言われている意味がちょっと分からなかった。
綺麗だよ、そう言うと、その人は優しくありがとう、と言った。
「オレの知る現実はね、この髪もこの瞳も……誰も持ってないんだ」
「えっ?」
私が聞き返すと、ちょっと寂しそうにこう続けた。
「だから、自分は誰なんだろうって時折思うこともあるよ」
もう一度、私の頭を撫でてくれる。
優しくて、温かい。
でも、その人は、少し寂しそうだった。
きっと、その人の瞳にも、私がそう映っているんだって、何となく分かった。
翼のことは、一度も話したこと、なかったよ?
お姉さまとお父様がすごく素敵なんだって話は何度もした。
私自身のことは、言えなくて、言えなくて、ずっと黙ってた。
なのに。
私に気付いた。
私に、気付いたの……。
涙が勝手に出てた。
きっと、困らせてしまうって思ったけど。
寂しくて泣いたのでも、悲しくて泣いたのでもなく。
嬉しくて、泣いてしまった。
困ったようにその人は、私に一輪の花を差し出した。
綺麗なピンク色の薔薇は私が受け取ると、光を帯びて、私の胸の前で消えていった。
「約束」
短く、その人は言った。
「オレの現実、あなたの現実、同じ現実なのか、オレには分からない。
オレの世界、あなたの世界…時が経ち、成長したら、世界が壊れて、ここに辿り着けなくなるかもしれない。
夢は、綺麗だけど、儚いから、夢だから。
だから、約束」
世界は、生きている存在の数だけあるんだよ、とその人は言った。
狭い世界という壁を壊して、少しずつ広い世界に歩いていくから、とも言った。
けれど、夢は自分の一番近い所で、儚くて綺麗だと…そう言った。
私には、難しくて、よく、分からない。
でも、その人が、私に一番伝えたいってこと、分かるよ。
「オレは、どんな形であっても、あなたを捜しに行くから。
必ず、あなたを見つけるから。
どんな姿であっても、どんなに変わっていたとしても、必ず。
…約束するよ。
それは、その証。
オレは、現実に戻っても約束、忘れないから。
あなたは、オレが初めてお花を捧げたお姫様だからね」
恥ずかしくて照れてしまうし、しなければいけないこともあるからそんな余裕もなくて、実はあまり自分から年頃の女の子には声をかけないのだと、照れて笑った。
「…ありがとう…」
嬉しいけど、やっぱり恥ずかしくて、私もそれ以上のことは言えなくて、顔も上げられなかった。










あれからも、あの夢は、続いてる。
きっと、いつか、終わりが来ちゃう。
それは、夢だから。
私が私でも、私が変わっていけば、夢は見ることもなくなる。
あの人にも、会えなくなる。





でも、あの人は言った。






必ず、私を見つけてくれるって。
私が、どんな私であっても見つけてくれるって。





だからね。
夢から覚めても、夢を見た後はとても素敵な朝。
「フィルシア、何だか嬉しそうね?」
お姉さまが、私に「おはよう」の後、そう聞いてくる。
本当は、お姉さまに、一番に話したい。
「何か良い夢でも見たのかい?」
お父様が微笑って、私の頭を撫でる。
あの人とは違うけど、あの人と同じ優しい表情と仕草で。
お父様にも、お話したい。
でも。
「えへへ…内緒」
ごめんなさい、お姉さま、お父様。
まだ、まだね、私の秘密にしておきたいの。
夢ではない現実で、あの人に会えたら、そうしたら、お姉さまとお父様にお話しするね?





私に約束をしてくれた人。
お花をくれた、優しい人。
夢から覚めた今会えたら、お名前、聞かせてくれるかな。
私、お名前、言えるかな。





朝の風にちょっとだけ呟く。
きっと、あの人には届かないけど。





今迎えているあなたの朝が、素敵な朝でありますように。








薔薇(ピンク):温かい心・我が心・待つ愛・君のみが知る・美しい少女